かつて、この世界はどこまでも繋がっていると、そんなふうに思っていました。
何度でもやり直せるし何回だって始められる、そうとも思っていました。
やり直し繰り返し、それこそが人生で、
そうやってこの海を渡って行くものだと。

かつて、この日々はどこまでも続くと、そう信じていました。
この人と笑っていられれば怖いものなんてない、
何も持っていないけれど誰かがいてくれるからとても豊かだと、
そんなふうに強くなれる時もありました。

いつのころからか、前にも後ろにも右にも左にも
一歩も動くこともできないと感じるようになったのは、
時代が困難になってしまったのか、
時は満ち疾うに過ぎてしまったからなのかわかりませんが、
すっかり閉ざされ終わりを待つような気持ちでいました。

ある日、これまで頼りにしてつなぎ止めてきた多くのものと、
心の中できっぱりと決別することを決めました。

ある種の呪縛や葛藤から開放され、
いっそすっきりとした気持ちになったけれど、
ふと、「こういうのをまさに“寄る辺がない”というんだな」と、
そう思いました。とてもしずかに、そう思いました。

そして、たとえば、ほんとうに寄る辺ない人生だとしても、
何かをめざして何かによろこび何かを意味にして歩いていけるのか、
そんなことを考えていました。

今たったひとつだけ確かに言えることは、
それでもやっぱり海に出てしまうということです。
何処かに恋い焦がれる気持ちがまだあるのだと思います。

嘘でも幻想でも構わない、
どんな状況の中でもどんな嵐の中でもどんなに微かでも、
自分で自分の寄る辺を思い浮かべることができるかどうか。
これは、わたしなりのリスタートのための展示です。決意表明かもしれない。

とてもさわやかな気持ちです。
おだやかな海で、少し胸がざわめくのを感じています。

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